雨降り調査

日高調査から帰札.

29日は大雨警報が出ていたので山に入るのはあきらめて,十勝の海岸に津波の痕跡を見に出かける.

まだ余震が続いているというのに,海岸には釣り竿の列.これには行政側も苦慮しているという報道があるが,全く意識が低すぎる.こういう状況を登山のほうに例えればどうなるんだろう,と思ってみたり...

十勝港の構内の噴砂. 浜大樹の浜に残る津波時の潮位(平川教授が立っている位置が最高位で3m超,その下の草の列が第2波か?). 今日は一転して良く晴れた.エサオマントッタベツ川で,青空に映えた紅葉がきれい.けど結構寒い.

買い出し

うららかな良い天気.
明日から日高に調査に出かけるため,食料の買い出しとパッキング.

29日に当研究科の10周年記念シンポがあるのだが,残念ながら出席できず.

どうも,主流から取り残されていくような感じが強まってきた.


地震

今朝5時頃,強い振動で目が覚めた.
結構揺れたけど札幌は大丈夫みたい.

これは大きいと分かったので,すぐにTVの緊急放送に見入った.
放送局の対応・津波の予想到達時間・漁船の待避行動,の3つの早さに驚いた.

岸壁から身を乗り出して海面の様子をうかがっている人が映っていたけど,「あんたそれはヤバイヨ,早くにげなきゃ!」

どこかの漁港の水位が上がっている様子を目の当たりにしながら,H教授は忙しくなるかな...と思ってみたり.


Blog開始

ホームページを一新し,Blog形式でやっていくことにしました.
昨日あたりからぼつぼつ作業を始めて,なんとか公開する形まできたところです.

最近,研究面で筆が全然進みません.
のりのりで調子がよかったカナダ滞在中のことを思い出しています.
そういえば,カナダではエドモントン滞在記を書いていたことも,結構自分をのせるのに役立っていたかな?
なんて考えて,Blogをやってみることにしました.


「南極 氷床変動と海面変動」

古今書院月刊『地理』48巻5号 に,拙稿「南極 氷床変動と海面変動」が載りました.


環境研究者

エドモントン滞在記(2002.9.20より転載)

NetScienceというサイトが発行しているメルマガ“NetScience Interview Mail”のアーカイブで,地球フロンティアの江守 正多氏のインタービュー記事を読み,「第一世代」の環境研究者と「第二世代」の環境研究者という考え方にいたく共感する.

■第一世代の人の特徴っていうのは、もともとは地球環境の研究やってたわけじゃないですよね。彼らが若いときにはそんなジャンルはなかったですから。

■口実としての地球環境テーマというものと、地球環境に対する責任。その間になにがしかの形でいるっていうのが第一世代だと思うんですよ。

■第二世代っていうのはそうじゃないような気がするんですよ。自分がそうだと思って言ってるんですけどね。そもそも地球環境に動機づけられてやっている。

なるほどなあ...これは私が以前に書いたコラム“改革の前に清算を”にも通じる考え方だ.

かくいう私は,「環境科学」と名の付く修士号と学位を授与されており,名目上は「第二世代」の環境研究者に分類されることになる.はずかしながら,その名に恥じないほど地球環境というものについて真剣に考えているかと問われれば怪しい部分も多い.江守氏が述べている“基礎をおろそかにしないで...第一世代と議論しても負けないようになってこその地球環境研究だと思う”という部分に救いを感じるのが唯一の幸いか,と胸を撫で下ろしているくらいである.実際のところ,北大の地球環境科学研究科に“環境科学”の学位を持っているか,あるいは「第二世代」の環境研究者を自認できるスタッフはどれくらいいるのだろう?

上記のコラムとの関連でいうと,私が小野教授を評価しているのは,北大の地球環境研に所属する教授として,その前進である環境研時代から一貫してその理想像みたいなものを追求してこられたことにあると思っている.小野教授自身,「第一世代」の環境研究者に属する研究者であると思うが,環境科学の勃興と変遷を身を持って体験されてきて,その酸いも辛いも重々理解された上で,改革に対する様々な提言をされているのだと思っている.当然,「第二世代」の環境研究者のありかたについても,その経験に基づいた教授なりの考え方をお持ちのこととも思うのである.新しい修士のコースも,きっとそういう理念と必要性に基づいた構想であると信じたい.小野教授の改革案に批判的な意見をお持ちの方は(他の点でいろいろ問題があるにせよ)少なくともこの点だけは,ないがしろにして欲しくないと思う次第.

振り返ってみれば,今の地球環境研に,旧環境研から一貫して所属している教官はどれだけいるだろうか?ざっとみたところ,旧環境派はほんの数えるほどだ.また,ほとんどの教官はほぼ間違いなく「第一世代」の環境研究者である.中には江守氏のいうように,口実としての地球環境テーマでお金を取ってるって人もいるに違いない.そのような広いスペクトルの中でも,小野教授は限りなく右に近いと考えるのは希望的過ぎる見方だろうか?(*).

別に研究者として右が良いとか左が良いとかということを言うつもりはない.しかし,教育機関として“地球環境科学”を名乗る以上は,「第二世代」の本物の環境研究者を輩出する使命を負っているはずだということは強調しておきたいと思う.院生を折り紙付きで卒業させるという使命にのっとり,実際の修得度・完成度を保証するものとして学位というものがあるとすれば,「環境科学」の学位を授与すべき研究者をどのように育てるか,ということにもっと敏感になるべきだと思う.

誤解を恐れず極論すれば,研究科自身が率先して,“地球環境博士”をスタッフとして採用すべきだと思うし,“地球環境”と名の付く研究機関にどしどし卒業生を送り込まなければいけない,というぐらいの気概があってもいいんじゃないかと思う.もちろん,ここでいう“地球環境博士”とは,決して第一世代のコピーのことではない.

残念ながら,研究科改革論議では「第二世代」の環境研究者像については曖昧なままだ.そういう議論をみるにつけ,実はここの教官たちは限りなく左に近い環境科学者たちじゃないのか,と疑念を抱かざるを得ないのである.この疑念をはらす(あるいは現状や改革の方向に納得する)には,“改革の前に清算を”実施することが非常に重要なことだと思う次第.

なお,関連するリンクをたどっていて,亡くなった沼口さんのことにも少し知る機会を得た.なかなかすごい人だったんだなあ,と残念に思う.私もボヤボヤしてないで,がんばらなきゃなあ...合掌.


*)江守氏は“第1回沼口敦さん記念シンポジウム”での講演の中で,「環境」という予算で活動する研究者像を分類されている(PDF参照).私は,おそらく小野教授はそのどれにもあてはまらないタイプだと思う(だから理解されないのか?)


市民科学者の育成と氷河地質学

東大法学部の塩川伸明教授のホームページにある“読書ノート”をつまみ読みする.中でも,クーン『科学革命の構造』・佐伯胖『コンピュータと教育』・ポパー『歴史主義の貧困』・金森修『サイエンス・ウォーズ』は非常におもしろかった.

今年度から札幌の研究室で始めた新しいコースについて,私なりに理解していることは,「環境研究者」へのステップとして「市民科学者の育成」という側面をその教育達成目標の中に多分に持ち合わせている,ということである.その意味において,『サイエンス・ウォーズ』の項の中で塩川教授が例えている,“ある種の「ヌエ的な奴ら」”を作り出そうとしているともいえる.

そういう“ヌエ”にとって習得させるべきリテラシーとは,本物の科学者の生態を実地で学び取り,その手法や考えかたを理解すること,そして自分でもそのような思考ができるようになることだと思う.これはある意味では非常に哲学的な課題であるけれども,哲学的側面と平行して,実質的な科学的課題にも正面から向き合わせないことには,本当に自分の頭で考えることもできないだろうし,血肉ともならないと思う.

例えば,塩川教授の文章は社会科学者の視点で書かれているのでやや抽象的な表現が多く哲学的である.しかし,私自身はパラダイムとか科学論争といったものにまさにどっぷりつかっている身なので,現実的・具体的例を想定できて,その趣旨は非常によく理解できた.そういう経験を院生にもしてもらいたいのである.


ではここで具体的な話に移ろう.氷河や氷床の底でどんな地質学的プロセスが働いているか?この課題に関して,1980年代にパラダイムシフトがあった(と,ある研究者が勝手に書き立てた?).現在の氷河地質研究は,まさにこの新しいパラダイムにのっとった「通常科学」の黄金期を謳歌している(かのように見える).しかし,その一方で,これとは対立する仮説が1980年代から存在していたことを忘れてはならない(じつは私はこちらのほう).厳密にいえば,氷河地質学にはパラダイムなど存在しないのだが,だれもがついついよりどころにしたくなるような理論や仮説というものが存在していて,大きな権勢をふるっていることは確かなのである.

このところ非常に気になるのは,こうした一方的な仮説がもてはやされるあまり,物事の本質が見過ごされてしまうのではないかということ.最近読んだ論文で,私には苦し紛れとしか思えないようなアドホックな解釈による考察が展開されているのを見て,それがこの分野ではある程度名の通った一流の研究者の手によるものでもあることから,非常にがっくりした思いをさせられた.こうした論文を読むにつけ,そろそろこの分野も混迷期に入ったかな,と思わざるを得ない.そう思う一方で,“新しいパラダイム”がもてはやされ「通常科学」の黄金期を謳歌しているだけに,このことに気づいている研究者は少ないにちがいないとも思う.

“新しいパラダイム”は,数式を駆使してもっともらしく氷河底の地質学的プロセスを記述しているが,そこから生み出される予測的な要素は,私にいわせれば「何もない」.地質学とは,そもそも,演繹的な反証が不可能な課題を多く扱う分野である.個々の事象を全体のコンテクストにあてはめて解釈するのがその主たる手法であり,解釈の正当性は,全体のコンテクストを合理的に説明できるかどうか,という帰納的な視点で判断されるものなのである.

その意味において,“新しいパラダイム”は必ずしも全体を説明しきれていない.地球温暖化や未来の気候変動予測が注目されている中,誤った(あるいは偏った)視点に基づく解釈やモデリングが横行するならば,きっと気候変動科学は未来予測に失敗するだろうし,その失敗から被る人類の損失も大きなものとなるにちがいない.

世の中の氷河地質学者は,一刻もはやく自らのスタンスを見つめ直すべきだと思う.もちろんこれは,自分が関わる陣営にとっても同じこと.塩川教授が『サイエンス・ウォーズ』の項で,一般の論争というもののあり方について考えている第四節は,非常に含蓄に富む示唆を私に与えてくれた.

さて,院生の諸君は以上の記述をどこまで理解できたであろうか(日本にいればレポートを書かせたいところなんだけど...)


改革の前に清算を

改革の前に清算を


地球環境科学研究科(以後現研究科と呼ぶ)は、今、新たな組織をめざした大きな改革の流れの中にある。昭和52年に設置された大学院環境科学研究科(以後旧研究科と呼ぶ)から改組という形で平成5年に発足して以来8年目ぶりのことである。国立大学全体が熱のようにとりつかれている改革の時流に乗り遅れないようにするためか、それとも来たるべき独立行政法人化の嵐に立ち向かう備えのためなのか、私には直面している改革の動きの根拠がよく分からない。

私は、平成2年に旧研究科の修士課程に入学し、博士課程在学中に南極で越冬してた間に現研究科に改組になったという変革を体験した。旧研究科の終焉期には、大学院重点化の国策の中で、全国のあちこちで旧来の名称を捨てて「環境」を冠する学部や学科が出現した。大学内の環境ブームの到来である。それぞれにそれぞれの事情はあったのであろうが、「環境」という言葉が人寄せパンダのごとく使われているに過ぎず、中身はなにも変わっちゃいないだろう、というのが当時の私の冷ややかな感想であった。

いづれにしても、旧研究科は、全国でも初めての「環境科学」を冠した独立大学院であったのであるから、ブームを先取りしていた分、当時の流れの中では有利な立場にあったハズである。しかし、改組は行われた。旧研究科が内包していた人文・社会科学系の分野がなくなり、「地球」科学に焦点を絞った現研究科に変貌することとなったのである。全国的な環境ブームによって後追いのごとく出現した多くの「環境」学部や「環境」研究科に対抗するための戦略であったのか、それとも旧研究科自体に問題があったのか。内部に在籍していたとはいえ、当時は院生であり、しかも南極に島流し状態にあった私には詳しいことはわからない。

全国ではじめて、ということは、まだだれもやっていないことを先駆けて行うパイオニアとしての意味をもつし、国策としての国立大学のありかたからみれば、旧研究科は、今後の国立大学のありかたを占う一種のパイロット事業を行っていたと考えることができる。開拓者には失敗もつきものであるから、不備や難点があったにしても,それらを断罪の対象とするのはふさわしくない。むしろそのような組織は常になんらかの試錯誤と変革を迫られる宿命にあるのだし、パイロット事業としての旧研究科は、その利点・欠点を後進に明らかにしていく役割も担っていたはずである。当時はそのような意識がなかったとしても、今からふりかえって評価するとすれば、そのような位置づけで捕らえて、その存在意義や残した課題が何であったのかをちゃんと整理しておくことそこがふさわしいのではないだろうか。改組されてできた現研究科がそれ自身の見直しを図っている現在ならば、時間の経過が必要とされる「いわゆる歴史的評価」も可能なはずである。その点では、現組織に先立つ前身組織が存在した経歴を持つ旧〜現研究科は、これまた他組織にはない先駆性と特異性を備えているとも考えられるのだ。

今年には、京都に大学共同利用研究機関として総合地球環境学研究所が発足したが、そこには人文・社会科学系の分野が不可欠な分野として含まれることになった。パイロット事業としての旧研究科から人文・社会科学系分野が切り捨てられて理学中心の現研究科が発足した流れとは全く逆の動きであることは非常に興味深い。共同利用研と大学院とでは立場は違うにしても,新たに「環境」に関する大学関係機関ができたことは確かであり,はたして総環研が、その発足にあたって、北大の環境科学研究科の変革の流れをどこまで参考にしたのか、興味のあるところである。「理学系地球科学」に特化した環境科学を目指す動きと人文・社会系も含めた環境科学を目指す動きとは全く別のアプローチである、と主張するのか、それとも、一度は切り捨てたもののそれは失敗だった、という反省にたつものなのか、詳しい事情に疎い身としては、二通りの解釈を用意しておくしかないのが現状である。

そもそも改革とは、現状になんらかの不都合があるから行うものである。不都合の内容としては、現状が時代にそぐわなくなったからだとか、なんらかの失敗が悪境を招いた、などがあげられるだろう。さらに、改革には何らかの痛みや犠牲を伴う。現状が悪境に有る場合は、現状そのものにおいてすでに犠牲者が存在している。改革に費やされる人的・時間的エネルギーも一種の犠牲である。

こうした、不都合とは何なのかとか改革に伴う犠牲や痛みをどう救済するか(あるいはしかたのないものとして許容するかどうか)という問題は、これまでやってきたことの清算なしに議論できないし、この議論をしておかなければ、改革が問題の本質的解決につながることはないであろう。

戦後処理にしても、バブル崩壊後の不況問題にしても、世の中の政治家は、なかなか過去の清算の結論に立った将来像・改革方針を提示しようとしない。それは、すでに敷かれた道をいつどんな車で走るのか、という判断しかしていないのに等しい。本当の政治家のすべき仕事は、今までの道に続けて何処に向かってどんな道をつけるのかを示すことであると思う。この点で、今夏の靖国神社参拝問題では、小泉首相は車上の人でしかなかった。

われわれは政治家でも歴史学者でもないが、国立大学に所属する者として、そして全国ではじめての「環境科学研究科」の流れを汲むものとして、現研究科をどういう流れの中に位置づけ、どういう風にしていきたいのかというビジョンを持つ責務があると考える。その点で、今の改革論議の中に過去の清算に関する議論が十分でないように見受けられるのは憂慮すべきことである。

私は10月から一年間カナダへ行く予定になっている。今回もまた、改革のすべてをこの目で見届けることはできそうにない。終戦の日にあたり、巷では様々な昭和史観が議論されているなかで、おもわず研究科の現状を重ねてしまった次第である。

2001.8.15


あなたは以下の質問にいくつ正解できますか?

あなたは以下の質問にいくつ正解できますか?

Glacial Geology Self-Test: 20 questions
at
Department of Geosciences North Dakota State University


ブレークスルー

ブレークスルー


 国立極地研究所で開催された第19回南極地学シンポジウムの懇親会の席で,極地研究所の渋谷教授の口から「ブレークスルー」という言葉が持ち上がった.このシンポジウムの「地形と第四紀における環境変動」のセッョンの特徴は,野外での調査報告よりも,これまでに得られていた堆積物,特に化石試料の分析結果が主なテーマになっていたことである.古生物学的な解析によってリュツォ・ホルム湾沿岸の海成堆積物を吟味することで,第四紀のみならず新第三紀までさかのぼる,より長いスパンの南極像を議論できる可能性が示された.「ブレークスルー」とは,この内容についての感想を述べた言葉である.

新生代全般にわたる南極像については,これまで,西南極を中心とする地域で成果があげられ,氷期の時代といわれる第四紀のみならず,それに先行する,いわば南極氷床の起源にもかかわる新第三紀の古環境についても議論されてきた.一方,日本の南極観測隊が調査を行ってきた東南極のエンダービーランドからは,3万年よりも古い堆積物が発見されておらず,古い時代についてはあまり考慮されてこなかった.むしろ,古いものは残存していないものとして無意識のうちに考慮の対象外とされてきた向きもあったといってよい.

 第36次観測隊の三浦氏らによる海成堆積物のトレンチ調査や,年代測定をとりまく技術の向上と33次観測隊の五十嵐氏を中心として続けられてきた詳細な年代測定などによって,今まで採取されていた試料の年代値の混乱を整理する成果が得られ,加えて,3万年よりも古いと漠然と推定されていた試料の中に,確実に古い年代値を持つものがあることがはっきりしてきた.そして,今回のシンポジウムの発表で,鮮新世までさかのぼる古生物学的な具体的根拠が提出された.こうした成果によって,ようやくリュツォ・ホルム湾沿岸域においても,西南極で展開されてきた新生代の南極研究と張り合うことができる基盤ができつつある.これが冒頭でのべた「ブレークスルー」のあらましである.

 「地形と第四紀における環境変動」のセッションで,自らも発表を行ない,座長もつとめていた極地研究所の森脇教授は,やや興奮気味にこれらの成果を強調し,いつになく喜んでいたように見えた.このブレークスルーを契機として,海成堆積物の古生物学的解析を中心とした新生代全般の古環境復元は,今後,日本の南極観測の中で大きな位置を占めていくものと思われる.


 私には,今回のシンポジウムで個人的なもう一つのブレークスルーがあった.それは,私の中での「日本の南極観測に対する認識」に関するブレークスルーであった.

 それについて述べるには,今年の7月に四年ぶりに開催されたニュージランドでの国際南極地学シンポジウムに参加した時に感じた印象について述べておく必要がある.ニュージランドでのシンポジウムで,5日間にわたって発表された数々の世界の研究を聞き,私はそこに一種の南極研究コミュニティー的な雰囲気があることに気づいた.その中の,一般に地理部門と呼ばれるグループの中では,新生代という枠組みでの南極像の解明が主流のテーマとなっていたように思う.森脇教授は極地研究所の職員としての立場から,そのコミュニティー的な雰囲気の中に身をおいてきたであろうし,実際にドライバレーでの調査の経験などから,第四紀だけではなくて,新生代全般の南極像に興味があったことは容易に想像できる.日本隊でも,第四紀にとどまらず,鮮新世以前の議論もできないかどうか,そういう議論で諸外国と張り合っていきたい,という希望があったのではないか,と森脇教授の心中を察するに至った.私や平川教授にとっては「はあ,そうですか」程度の受け止め方であった東京のシンポジウムでの古生物学的見地からの発表が,森脇教授にとって格別の意味があったように受け取られたのは,そういう背景があったからである.以上はあくまでも私の受けた印象であり,森脇教授が本当はどう考えているのかは,直接伺ってみる以外に知るすべはない.

 私は,自分が志すことになった研究テーマの契機として南極にイニシエーションを得た.それだけに南極への思い入れは強い.しかし,具体的なテーマは氷河地形であり,その対象は南極に限られるものではない.同様に,南極観測を通じて研究の大きな指針を得た研究者として筑波大の松岡氏が挙げられるが,氏の周氷河プロセスに関する研究にしても,南極観測の主流をなすことはなく,今はその一線から退いているように思える.要するに,南極研究コミュニティー的な雰囲気の中での南極観測においては,氷河地形学も周氷河地形学も,それにたずさわる研究者のステップの場とはなっても,その主流を築く場とはなりえない,ということに気づいた.そんなことようやく今になって気づいたのか,と笑われるかもしれないが,所詮私の認識とは,この程度のお粗末なものであった.まさに恥じ入るばかりである.南極地学の地理部門はこれまで「地形部門」と称されることが多かったので,私はその点で「地理部門=地形学」と誤解していたのかもしれない.

 今後,極地研究所地学の地理部門は,むしろ「新生代環境変動部門」と称した方がその性格がはっきりして良いように思う.少なくとも私の中では,「地理部門=新生代環境変動部門」という風に認識を改めることにした.ところで,新生代の環境変動の解明にとって古生物学の果たす役割が大きいことは今回のシンポジウムの内容を見ても明らかである.しかし,現在の極地研究所の状態では,古生物学の研究者は生物部門の枠で南極に赴くことが多い.その反面,極地研究所に外部から関わっている地形研究者の大半は,今後想定される新生代環境変動の解明の流れの中では,活躍が期待されているようにも感じられないし,貢献できるところが多いようにも思われない.このようなミスマッチを解消するためにも,極地研究所地理部門としては「地形」を標榜することはなるべく避けて,明確に「新生代環境変動部門」としての性格を前面に掲げるほうが,共同研究者として日本の南極観測に組み込まれる外部の研究者にとってもわかりやすいし誤解も解消されるのではないかと考える.

 もちろん,新たな展開を期待して,日本の観測隊の中で地形プロパーの研究を続けることに意味が全くないわけではない.しかし,「南極研究コミュニティー」の中で地形学が主流となるには,まだ相当の時間を要するであろうし,その必要性があるのかどうかも現段階では不明である.氷河地形に限って言えば,私は,近年の氷河底環境の解明にかかわる氷河地質学の進展において,氷河地形学は雪氷部門との関わりを密にていく必要があると考えている.しかし,現在の極地研究所における雪氷部門は氷床コアの解析による第四紀古環境変動の解明に焦点を置いており,氷の熱的・動力学的な物理特性はほとんど扱われていないように見受けられる.それならば,氷の物理的特性にかかわる研究者と力して,南極氷床の動態を解明するコミュニティーを新たに作ってはどうだろうか.このような流れを極地研究所を母体として構築していく必要は全くない.日本の南極研究もそろそろ極地研究所主導型から脱却して,あらたな展開を図る時期にきているとも思う.科研費などを中心とした研究体制で個別の南極研究が展開できれば,それこそが今後の氷河地形学の目指すありかたなのではないかとも思う.手前味噌でありやや野心的なことでもある些々をつれづれ思うブレークスルーであった.

1999/10/20


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